ラブライバーが「矢澤にこ」を実際に作ろうとした話


  【ラブライブとは?】

 東京都千代田区にある、ごくありふれた女子高校の「音ノ木坂学院」(おとのきざかがくいん)。地域の人々の想い出に育まれた歴史と伝統あるこの学院も時代の流れには勝てず、3年後に迫る学校統廃合の危機に瀕していた。そんな中、9人の生徒が立ち上がる。彼女たちは、自らがアイドルとして活動し、学校の名を世に広め、入学希望者を増やそうと考えたのだ。今、少女たちと、まだ見ぬファンのみんなで叶える物語=スクールアイドルプロジェクトが始まった。(wikipediaより引用


 現在(2015年2月時点)でこのアニメは十代から二十代までの若者を中心に人気を博している。そしてこのラブライブのファンはラブライバーと呼ばれ、上記の9人のキャラクターの中でも最も自分が愛しているキャラクター(いわゆる推しメン=推しているメンバー)には特に愛情を注ぎ、キャラクターグッズの購入にも積極的な側面を持ち合わせているのだ。
 中には過激派のファンもいるようで、イベントの時などにトラブルを起こしてしまうファンがいたりと議論の対象になることも少なくはない。


 今回の話で登場するのは僕と、「矢澤にこ」というキャラクターをこよなく愛した男の話である。

 


 このキャラクターが矢澤にこだ。

 はっきり言って僕はこのキャラクターのことは何も知らない。それどころか、今回の事件を目の当たりにするまではラブライブという言葉自体知らなかったのだ。
 しかし僕がネット上で知り合った友人の一人に熱狂的なラブライバーがおり、彼に出会ってからというものの嫌でもラブライブの魅力を語られたりキャラクターのフュギュアの写真を送りつけられて感想を求められたりと、嫌でもその存在を認識せざるをえない状況になってしまったのだ。

 彼を一言で語るならば、狂気的。一度彼の部屋をビデオ通話で見たことがあるのだが、壁はラブライブのポスターで埋まり、部屋は同じフュギュアを一度に何個も購入していて不規則的に並べており、まるで朝方の新宿駅のごとく凄まじい人口密度を誇っていたからだ。彼の生活スペースよりも、ラブライブのグッズを置く場所の比率のほうが遥かに大きい。
 それだけであれば熱心なマニアとして許容することもできるのだが、彼の言動に問題があった。彼は男性でありながらも髪型を矢澤にこと同じツインテールにしており、「これでこの世に『にこにー(矢澤にこ)』と同じ髪型の人間が増えたのだ」と誇らしげに語ったり、「将来子供ができたら名前は『にこ』にするんだ」と僕に言ってきたこともある。「二人目ができたら?」と返したら「二人目は『にこにこ』だ」。「三人目ができたら?」「三人目は『にこにこにこ』だ。どんどん『にこ』が増えていく」と語るほどの狂人だったのだ。冗談かと思ったが、彼は本気だったらしい。

 ある日、彼はどんよりとした空気を纏いながら僕に「相談がある」とSkypeで相談してきたのだ。無職で三十路手前の彼に悩み事が絶えないことは別に珍しくないから、僕は相変わらずの態度で「どうした?」と聞き返す。すると、彼はとんでもないことを言い出した。

 「この世に、にこにーがいない……」
 「は?」
 「俺がどんなにこの世で頑張っても俺はにこにーに会えないじゃん」
 「当たり前じゃん」
 「生きるのが嫌になってきた」

 なんと彼は矢澤にこに永遠に会えないことに絶望し、もうバイトをする気力も無く、それどころか自らの命を経ってしまいたいと打ち明けてきたのだ。完全に馬鹿の魂のしからしむるところだとは思ったけど、彼からすれば本気の悩みで、いわゆる叶わぬ恋に気付いて打ちひしがれるような感情で彼は苦しんでいるのだと思った。
 とりあえずは「創作物に過剰な愛情を持つのは悪いこととは言わないけど、人間として生まれた以上は自分の人生を生きなきゃ」などと当たり障りの無い返答をするも、彼の声色は暗いままだった。どうしてもにこにーに会いたい。その一心だけが彼の胸中を支配していたのだった。

 彼からの悩み相談は6時間にも及んだ。深夜にかかってきてから朝まで続き、その日予定があった僕は通話を切りたくてたまらない。しかし彼の真剣な思いを無碍にするわけにもいかず、困り果てていた。そんな最中、僕はあるものを思い出して口にしてしまったのだ。

 「タルパ……」

 眠気と疲労で、その言葉が無意識に口から出た。タルパ。それを日本語に訳せば人工未知霊体とも呼ばれるもので、平たく言えば霊を人工的につくりあげるというものだ。それはヒマラヤ山地の高度4000メートル級という厳しい自然環境の中で生まれ育ってきたチベット密教の秘術であり、人間が無から霊体をつくりあげるといったものだ。
 俗的な言い方をすれば人工的にゼロから自分の理想の彼女をつくることもできるし、自分にとって都合の良いパートナーをつくることだって可能になるものだ。脳内の妄想にとどまらず、それが現実に「いる」ようになってしまうというのがこの術の恐ろしいところでもある。

 ネット上では頑張って自分の理想的な嫁をこの世につくりあげようと一意専心する者もいたりして、やりかたをまとめたサイトなども存在する。それどころか、現在もタルパと生活を続けている者がブログを更新したりもしているのだ。
 しかし、僕はこのタルパというものには否定的だった。それは元々チベット密教において修行を極めたものだけが許される秘術であり、修行を行っていない日本人が行うものではないと思っていたし、何よりもそういった無から有をつくったり、時間が関与したり、絶対的な何かに逆らおうとする行為は必ずといっていいほど絶望的なリスクが伴う気がしていたからだ。しかし、そんな僕の思いとは裏腹に友人は「タルパ?」と聞き返してくる。

 「いや、なんでもない」と僕が茶をにごすも、彼は直感でそれが自分の求めているものだと察したのかインターネットでタルパというキーワードで検索を始めた。ほどなくして彼は「これだ!! 俺が求めていたのは!!」と声高らかに喜び、その後すぐに通話が切れてしまった。


 これはマズイ。このままでは彼は、矢澤にこを人工的につくりはじめてしまう。



 彼が「矢澤にこ計画」たるものも発動させてからというものの、準備から実行までの時間は韋駄天もかくやと思われるほど瞬く間であった。その日の夜には実行に移せる準備が終わり、それどころか既に初期段階の行程まで進んでしまっていたのだ。

 「ぎゃろ、ありがとな。俺にタルパを教えてくれて」

 教えた覚えなどない。お前が勝手に俺の言葉を拾って調べただけだ。そう思わないと罪悪感で押しつぶされそうだった。タルパだなんて眉唾なものを盲信して、結果が思うように行かず彼が絶望する姿は目に見えている。僕はその時を予測して、いつ言いがかりをつけられてもいいように心の準備だけはしておくことにした。

 その日から、僕はタルパを本気で進める友人の行程と結果に興味があり、ほぼ毎日通話をかけて彼を観察することにした。果たして本当にタルパは作れるのか。そして彼の健康状態や精神状態にどのような変化があるのか。そしてタルパが出来たとしたら、一体なにができるというのだろうか。

 彼が最初に始めたことは矢澤にこのフュギュアを眺め、触れることだった。そうすることで脳内のイメージが固定化していき、霊体にした際に実体化させやすくなるらしい。しかしフュギュアだけ触れていてもレジンやコールドキャストなどといった物質の質感で実体化されることになってしまうから、それらはなるべく感覚的に手触りだけは記憶しないように集中して、たまに自分の耳たぶを触って「これがにこにーの触感だ」と思い込むようにしていたらしい。はっきり言って、病気だと思う。

 無職ということもあってか、彼は寝て起きる時間以外のほとんどの時間を費やして矢沢にこのフュギュアを眺めたり触れることに費やした。イメージを実体化させることは容易なことではないようで、その人物の毛根から筋肉や心臓の位置などにおいて全てをイメージして固める必要があったというのだ。彼がそれにとりかかっている際の面持ちは真剣そのもので、本当にゼロから矢澤にこを作る気らしい。僕と通話している最中も、無言の時間がほとんどだった。僕はそれを傍観し、神経を張り詰めて変化が無いかどうかを観察する。



 そんなことを続けていて、早4ヶ月。変化が現れる。



 「にこにーの声が聞こえた!!」

 彼は嬉々としてそう僕に伝えた。興奮している様子で、幻聴というわけでもなく、確かに部屋の中から矢澤にこの声が聞こえたというのだ。矢澤にこの決め台詞「にっこにっこにー!」という言葉が聞こえたらしい。

 「他に何か言ってたのか」僕は半信半疑でそう聞いた。
 「いや、まだにっこにっこにーだけだ!! だけどこの調子なら喋りかけてくれるぜ!!」

 ここ数ヶ月で、最も希望に満ち溢れた声で、彼は言う。どうやら彼が矢澤にこのフュギュアに話しかけたりしていると、部屋のどこかから「にっこにっこにー!」と聞こえてくるらしいのだ。探しても矢澤にこの姿は無く、ひたすら救急車のサイレンの如く部屋中に「にっこにっこにー!」とエンドレスで声が響き渡るのだそうだ。

 こいつ、ヤベェ。素直にそう思った。本人は幻聴ではないと言ったが、十中八九幻聴だろう。しかし彼からすればずっと温めていた卵が孵化するような喜びでいてもたってもいられないらしく、その気持ちに水を差す理由も無いと思い、「そうか、すげぇじゃん」とだけ言い残し、通話を切った。それからも観察を続け、彼の矢澤にこ計画は順調に進行していったのだ。




 「にこにーの実体化はもうすぐだ」

 さらに一ヶ月後、碇ゲンドウのような風貌で彼はビデオ通話でそう言う。半年経った彼は既にやせ細っており、素人目で見ても死相が出ているような面持ちだった。部屋は暗く、深夜であるにも関わらず部屋の電気をつけずディスプレイの灯りだけが彼と部屋を弱々しく照らしていた。

 「……ちゃんと飯食ってる?」
 「一日一食だけど、ちゃんと食ってる」

 それ、ちゃんと食ってるって言わない。なんと彼は修行を自ら行うために一週間の断食を行ったこともあるのだという。一ヶ月の間は僕も忙しく、彼と連絡を取り合っていなかったため変わり果てた彼の姿に心底驚いた。
 彼いわく、「にっこにっこにー!」の声は日に日に近づいており、それだけが生きるエネルギーになるらしい。「その声はまるで俺のにこにーに会いたいという気持ちに答えるみたいでさ、俺も彼女の早く会ってあげなくちゃって思っちまうんだよな。俺も早く会いたいし、にこにーと一緒に暮らしたい」と言う彼は不気味そのもので、いうなれば、ドン引きした。順調に彼の精神は崩壊し始めている。そう思えた。


 彼が実体化に成功したと言ったのは、その会話をした一週間後だった。深夜、僕が仕事を終えて自宅で一息ついていると彼からの着信に気づき、通話に応答する。

 「はい、もしもし」
 「もしもしぎゃろ?」
 「うん」 
 「できたよ」
 「は?」
 「にこにー」
 「できたって?」
 「今、部屋にいるよ」

 そう言って彼はビデオ通話に切り替える。画面には相変わらず仄暗い部屋で不気味に微笑んでいる彼の姿しか無い。どこに矢澤にこはいるのだろうか。

 「どこ?」 
 「どこって、ここ」
 「ここって?」
 「俺の膝に座ってるじゃん。ねー」

 ねー、と言いながら彼は少し顔を下に向けて、首を横にかしげた。気持ちわるい。まるでそこに猫でも乗っているかのような雰囲気で彼はそう言うも、僕の肉眼では矢澤にこの姿は確認できない。

 「お前じゃ見えないでしょ」モニターを見て、彼は言う。
 「見えないね」
 「そりゃそうだ。タルパはタルパ同士にしか見えないんだから」
 「お前と同じ、タルパをつくった人なら矢澤にこは見えるのか」
 「たぶんね」

 正直、僕の顔はひきつっていた。少なくとも三十路を前にした無職の男の、このような姿は見ずに一生を終えたかった。果たして彼が見ているものは本当にタルパなのだろうか? それとも、彼の過剰な妄想にすぎないのではないだろうか。正直そのときは、完全に後者だと思っていた。

 しかし時間が経つにつれて、僕はある異変に気づく。異変と言ってしまえば彼自体が異変が服を着て歩いているようなものだったけど、そういうことではない。矢沢にこが寝ていて暇だというから通話をかけてきた友人を相手にしていたときのことだった。
 彼はビデオ通話に切り替えて、不衛生な部屋に不潔な格好をしてモニターを見ている。僕は彼のことを見もせず、部屋の様子をずっと観察して会話していた。

 しかし、以前見た映像とどこかが違う。彼の背後に写っていたフュギュアが乱立していた棚の配置が、微妙に変わっていたのである。

 僕の記憶違いかとも思ったけど、この違和感は気のせいではない。きっとイメージを実体化させる行程で配置を変えざるを得ないと思ったのだけど、よく考えればその可能性も低い。なぜなら彼はこの数カ月間、矢澤にこのことだけを考えることに集中していたからだ。僕との通話や食事の時間、トイレなどはあったにしても、他のキャラクターのフュギュアに触れる機会などここ数ヶ月であったのだろうか。

 「なぁ」僕は切り出すことにした。
 「なに?」
 「お前ここ数ヶ月、矢澤にこ以外のフュギュアに触った?」
 「触るわけないじゃん。確かに、にこにー以外も可愛いけど、俺はここ数ヶ月にこにーしか触ってない」
 「部屋の模様替えはした?」
 「してねぇよ。そんな暇ないから」

 じゃあ、やっぱり僕の記憶違いだったのか。その日はそう思って納得したが、次の日もまたフュギュアの配置が変わっていたのだ。それも一体や二体どころの騒ぎではない。ほとんどのフュギュアの位置が変わっていたのだ。決定的だったのは、後ろを向いて立っているフュギュアもいる。熱心なマニアだった彼がフュギュアをこの方向で配置することは在り得ない。

 「なぁ」また僕は切り出すことにした。
 「ん?」
 「お前の部屋ってお前以外の誰かが入ってきたりする? 友達とか親とか」
 「一人暮らしで友達いないから、ない」

 じゃあ誰がフュギュアの位置を変えたのか? 矢澤にこへの愛情を熱く語る彼の言葉を聞き流し、僕はずっと考えていた。次第に、嫌な予感がした。もし彼の部屋に出入りしているものがいたとして、それが生きている人間ではなかった場合。

 僕はタルパをつくる際の危険性をもう一度頭の中で蘇らせた。確か、やり方をまとめたサイトにはこう書いてあった。「タルパの暴走には注意しろ」と。もしそれが止められなかったり、取り返しがつかない状況になってしまった場合は、いわゆる霊障(霊による被害や影響)に遭ってしまうというのだ。
 もしかして、彼の部屋で矢澤にこが暴走している……? 僕は真剣にそう思った。滑稽でもあったし、自分でも言ってて意味はわからないけど、彼の部屋に入れる第三者と言えば、彼が作った偽の矢澤にこしかいないだろう。
 タルパは、自我を持つのだろうか。そして、これはただの彼の妄想にすぎないではなかったのか。僕は混乱して、答えは出ない。

 そして彼はある日、驚くべき言葉を口にする。


 「子供ができました」
 「は?」

 思わず息が漏れて、唖然とする僕。しかしモニターには満面の笑みの友人と、薄暗い部屋が移りだされている。またフュギュアの配置が変わっていた。彼はこう続ける。

 「いや、一緒に暮らしているとさ。どうしてもそうなるじゃん」
 「え? タルパとセックスって出来るの?」
 「普通に出来たよ」
 「嘘ォ。肉体が無いじゃん」
 「肉体が無ければセックスが出来ないわけじゃねぇだろ」

 何故か友人は苛立った声でそう言った。いや、無理だろう。出来ないだろうセックス。しかし彼が言うには矢澤にこの女性器から子宮に至るまでのイメージ実現化も怠らなかったから、無事にセックスをして子供をつくることが出来るようになったというのだ。ここまで来ると、もう僕の想像の範疇を超えている。

 「妊娠したって何故わかった?」僕は淡々と聞いてみることにした。
 「にこにーが言ってた」
 「今、矢澤にこはどういう状態?」
 「お腹が膨らんでるね。俺が早く産みたいと思ってるからか、お腹が大きくなるのがすっげぇ早ぇの」

 もう僕は諦めた。とりあえず「おめでとう」とだけ言い、彼はありがとうと満面の笑みで答えた。ビデオがついていたことにそのとき思い出し、画面上の彼の顔を見る。とても満たされた表情をしていた。
 後ろのフュギュアの棚に目をやる。どうしてあそこは毎回配置が変わっているのだろう、と考えた。タルパの暴走だろうか。それとも彼が精神的に疾患を伴って棚のものを移動した記憶が無いだけだろうか。そんなことを考えていると、棚の向こうに何かいることが気付いた。
 フュギュアが乱立しているため、何があるのかはわからない。一つではなかったからじっと見ないとわからなかったけど、僕はやっとそれが何なのか気付き、思わず身を引いてしまう。

 人の顔だ。たくさんの人の顔が、棚の裏からフュギュア越しにじっと友人を見つめている。あまりにも数が多いから、最初はカーテンの模様か何かかと思ったけど、それに気付いたときにただならぬ危機感を感じた。

 「おい、後ろ……」

 僕がそう口を開いたとき、たくさんの顔が一斉にカメラの方を見た。つまりは画面越しに僕と目が合う形になり、僕は思わず体をびくっと震わせる。友人が「え? 何?」と聞き返してくるが何も言えず、僕が「いや、なんでも……」と言いかけた途中で、急にパソコンが独りでに再起動し始めた。
 「え? え?」と戸惑いながら再起動を終えて、もう一度友人にSkypeをかけることにする。が、彼は出ない。チャットを送るも返答は無く、その日は彼と連絡を取ることはもう無かった。

 翌日、彼と通話し連絡を取ることに成功したが体調不良を訴えていた。心臓が痛く、頭が重いらしい。「病院に行け」と促すも、彼は「にこにーが部屋から出るなと言っている」と答え、全く部屋から出る素振りは見せない。
 僕の脳裏に、昨日見た顔のことが浮かぶ。

 「……ちょっとビデオつけてもらえる?」
 「え? なんで?」
 「いいから」
 「わかったけど」

 彼がビデオ通話に切り替えると、棚の後ろの顔はいなくなっていた。そして、フュギュアの配置も変わっていない。昨日のアレはなんだったのかと思いながらも少しほっとする。

 異変はその後、すぐに起こった。別の日のビデオ通話の最中、友人が「腹が痛い」とうずくまり始めたのだ。さすがに危険だと思った僕はすぐに彼の住所に救急車を呼び、通話中も部屋に救急隊員が駆けつける様をずっと見つめていた。そして部屋から救急隊員と友人がいなくなったあと、部屋で大口を笑ってこっちを見ているたくさんの顔がフュギュアの向こうから見えて、僕は反射的に通話を切ってしまった。

 それから友人は二ヶ月入院し、現在はもうタルパと話すことはないのだという。しかし、原因がタルパとは限らないのになぜなのかと聞いてみると、彼は弱々しくこう答えた。

 「いや、信じないかもしれないけどさ。運ばれている最中か救急車の中かわからないけど、徐々に意識を失っていく中で、見たことの無い女がずっと俺を見下ろしているのが見えたんだよ。君の悪い笑顔で、ずっと俺のことを見下ろしてるの。たぶんオカルトっていうか、そういうことをやりすぎたから変になってたんだと思う。もうやらない。ラブライブももう見ない」

 いや、ラブライブに罪はないだろと思ったけど、僕は「そうか」とだけ答えた。